今回は、僕が定期購読をしているフリーメールの記事から書きたいと思います。
そこには、全てのモノは消耗品で使わなければ意味がなく、自分も消耗品であり、
いずれ無くなるモノだから、真剣に使わなければ自分という消耗品に失礼だと書
いてあった。
消耗品という表現はとりあえず置いといて、読んでいて確かにそうだなと思った。
神様から与えられた自分の身体や能力を自分は真剣に使っているのだろうか?
そう考えた時に、僕は自分を真剣に使っているとは決して言うことが出来ない。
もっと自分に真剣になり、与えられている身体や能力を出来る限り使いたい!
そして、無くなる(召される)時に、神様にあって良い意味で消耗しているモノ
(者)となりたい。